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「では行くぞ!この俺様の美技!とくと拝むがいい!!」
「いいから早くやれ。私は貴様と違って暇ではないのだと何度言えばわかるのだ」
「フッ……何故、俺に貴様の都合を汲んでやる必要がある?」
ハンムラビ法典にも六法全書にも載ってはいなくとも、正当防衛以外に相手を殺していい瞬間というものがこの世にはあるように思う。
それは今だ。
目の前で得意げに笑うこの男は、確実に俺の怒りゲージを振り切っている。
今すぐに消されても文句は言えないほどに。
正直、何故この男がこうも自分に構ってくるのか……俺にはよくわからない。
奴の名は紅孩児。
我が主閻魔王様と冥界の勢力を二分する冥王の一人、牛魔王の直属の部下であり……義理の息子でもある。
世襲など重視されない冥界において、ましてや家族などというコミュニティに執着があるとも思えない牛魔王が、何故突然養子などという存在を作ったのか。
それは冥界七不思議の一つに数えてもいいほどの謎だ。
紅孩児はこの上なく妖怪らしい妖怪でありながらも、その立ち位置はどこか異質だった。
Mr.Dの苦悩は闇より深い
俺が紅孩児を初めて目にしたのは、閻魔王城の城下を『たまたま通りかかった』らしい牛魔王様に、奴が連れられていた時だ。
紅孩児が、姿も気配も消して主の側に控えていた俺に気付いていたかどうかは定かではないが……、
俺から見た牛魔王の養子の第一印象は『大人しい』という、今となっては幻でも見ていたのではないかと思うようなものだった。
当時、生れ落ちてそう長い年月は経っていなかったのだろう。
少年と呼んで差し支えのない面差しに、まだ赤が薄い瞳には強い意思なども見て取れず。
ただ、閻魔王様を前にしても怯えたり気後れした様子がないのには少しだけ驚いた。
日常的にあの牛魔王の側にいるのなら、まあそれも道理かもしれないが。
畏れるでも、敵意を向けるでもなく、紅孩児は形式的な挨拶だけを口にしてすぐに牛魔王の後ろに下がり、あとはただ黙って控えていた。
当然、このような美味しいネタを我が主がスルーするはずもなく。
いつもの口論が始まったと思えば瞬く間に死闘に発展してしまったので、その時はそれきり紅孩児のことは考えなかった。
まあ正直なところ、どうせ長続きしないだろうと思ったのである。
牛魔王という男は甘くない。
期待通りでなければすぐに殺されてしまうに違いないと。
……甚だ残念なことに、そうならなかったのは……見ての通りだが。
ともあれ、紅孩児が牛魔王の養子になったばかりの頃、俺は奴に何の興味も抱いていなかった。
日々忙しすぎて、直接関わって来ない者に心を砕く余裕などなかったともいう。
だが奴は、最初のうちは間接的にだったが、徐々に俺の生活に影を落とし始める。
ある日、背後に夜叉を背負い、軽く百人くらいは同胞を屠って来たような不穏かつ不機嫌そうな形相の牛魔王様が城へと殴りこんできた。
……まあ、これはそう珍しいことではないのだが。
閻魔王様は、どうやらこのもう一人の冥王をやけに気に入っていて、何かとちょっかいをかけては怒らせている。
この日もどうせそういった類のことだろうと、できれば穏便に口論だけですんでくれればと、山積みの書類を前にしながら切実に思っていたのだが……。
「閻魔……貴様、我が息子に一体何を吹き込んだ」
「何の話か一向にわからんな」
「とぼけるな。紅孩児が夕食の時間になっても姿を見せぬから部屋まで行ってみれば、テレビに向かって『ふぁみりーこんぴゅーたー』などというものに耽っていた」
発言内容のあまりのツッコミどころの多さに、つい片眉がピク、と反応した。
80年代ですか、などという意味不明な言葉が脳裡を過ぎったが……。
『80年代』とは一体何だ自分。どうやら疲れているようだ。
動揺した俺とは裏腹に、我が主はまったく落ち着いた態度を崩さない。
「ふむ、子供はゲームが好きなものだぞ、牛魔よ」
「暗い部屋で至近距離でプレイしていたのだぞ?紅孩児の目が悪くなったらどうしてくれるのだ」
その程度で下がるのだろうか、妖怪の視力は。
「部屋で紅孩児が何をしていようともよいではないか牛魔よ。あれも物事の判断が出来ぬ子供ではない。…それにゼ〇ウスは某国では国民的人気ソフトで」
「やはり貴様が紅孩児に与えたものかーッ!」
怒気の放出だけで。
執務室が半壊した。
……そう、この日から、
閻魔王様が紅孩児をかまう→牛魔王激怒→城を破壊する死闘に発展
という図式が日常になってしまったのだ。
つまり、城の修復という仕事を『日常』と呼んで差し支えないほど高頻度にこなさなくてはならない事態である。
どうせ壊れるのだからいっそ直さない、というのも考えたが、仮にも冥界の王の居城が穴あきチーズのようになっているなど……ありとあらゆる面で駄目だろう。
いくら我ら妖怪は形式や体面などを重んじることはなく、実力のみが身の証であるとしても。
……これはあまりにもひどすぎる。
天災に等しいほどの武力がぶつかり合った結果、後に残るものは、荒野。
そうなってしまうと『修理』だとか『補強』のレベルではなくなる。
復興、もしくはゼロからの建造である。
経費を浮かせるため自ら復興作業に勤しみすぎた結果、いっそ転職して大工になるのもいいかもしれないと思うほどのスキルを会得してしまった自分が悲しい。
しかも追い討ちをかけるかのように、第一印象『大人しい』だった紅孩児が、いよいよ本領を発揮して来た。
父と母の教育方針が異なると、板挟みになった子供はどちらを信じていいかわからなくなってしまって、後の人格形成に悪影響であるという話を聞いたことがあるが、奴はまさにそれなのではないだろうか。
……むしろそのような理屈でもつけなければ奴の非常識な斜め上具合には納得がいかない。
ある日、いつものように城を破壊し、山を穿ち、雲を引き裂きながらの死闘を繰り広げるお二人を、楽しそうに見上げるその元凶(紅孩児)に俺は聞いた。
このような低レベルな戦いに興じる父王を止めなくてもよいのかと。
すると紅孩児は俺のことを天辺から爪先までジロジロ見てから、鼻を鳴らして嘲笑を浮かべて、
「止める?何故そのような無粋なことをしなければならない。最高の好敵手との死闘を止めるなど、あってはならないことだ。……貴様、閻魔王様の直属でありながらそのようなこともわからんのか?気の利かない男だ」
……とのたまった。
この時俺は、いくら理性的であろうとしようとも……自分の根っこは本能に忠実な妖怪だということを、嫌というほど思い知った……。
冷静に、と思う心とは裏腹に。
本能は口よりも先に反応し、奴の腹立たしい顔に拳を叩ッ込んでいた。
……これで俺が紅孩児に好意的な感情を欠片も抱けない理由をわかってもらえたと思う。
直接的にも間接的にも、俺に殺意を抱かせるような存在であるというわけだ。
紅孩児は暇さえあれば(というか奴に『仕事』という概念はあるのだろうか?いつも暇そうだ…)城にやってきて俺を妨害する。
仕事を妨害するだけでも殺してやりたいほどだというのに、さらに閻魔王様までやってきて紅孩児と遊び始める。そして牛魔王様が以下省略。
迷惑どころの騒ぎではない。
閻魔王軍を混乱させるための刺客に違いないと、最近本気で考えている。
そして今もこうして「新しい技が使えるようになった!」などと言って俺にそれを披露してくれやがろうとしている。
……RPGではあるまいし技とかあったのかとか、まずそこから突っ込まなければならないうえに突っ込んでも相手は大真面目だから無意味なので言ってもこっちが疲れるばかりだから口には出さないほうが楽なのはわかっているがしかし無限にフラストレーションが溜まるとか……、
いかん。負の感情が高まりすぎて考えがまとまらなくなってきた。
もちろん、俺が邪神に対抗できそうなほど暗黒を育てていることなどまったく気にしていない紅孩児は、自信たっぷりに気障なモーションで指を鳴らす。
紅孩児は、こんなザマでも並の上級妖怪では歯が立たない強さを誇る。
俺は何が起こっても対処できるように身構えた。
……次の瞬間。
空間の歪む気配を感じ取る。
まさか、召喚か!?
……と警戒したのはほんの僅か、コンマ1秒。
歪みから現れたものは、西の大陸の小洒落た喫茶などでお目にかかれそうな円卓と椅子。
卓上には同じくこの大陸のものではない茶器一式。
呆気にとられて「何だこれは失敗か?」と視線を向けた先の紅孩児は。
「フッ……どうだ独角!!俺はついに!いつどこにいても気に入りのティーセットを喚び寄せることができるようになったのだ!」
……本気だった。
本気の新技だった。
「まあ、まだこれも完成ではないがな。ゆくゆくは湯の沸く寸前、そして茶葉はポットに適量投入されたベストな状態で召喚できるようにし」
紅孩児の高らかな演説は、唐突に中断した。
いや、俺の全ての魔力をこめた右の拳が、止めた。
……確かに、水や炎、風など、大気中に存在するものを利用しての術よりも、空間を歪め、物体を転移させるのは高度な技だ。
感覚だけで扱えるものではなく、複雑な術式が必要になってくるため、妖怪よりも仙のほうが得意な分野でもある。
望んだ場所に望んだものを出現させる……上級妖怪でもそれを完璧にやってのけられるものは一握りだろう。
……だが。
「貴様は何故その力をもっとまともなことに使えんのだーッ!」
俺の叫びが、大地を震わせた。
結局。
プッツンして紅孩児と撲殺(なぐ)り合って……俺は、復興しなければならない場所を増やしたのだった。
「……まったく……。独角、貴様は少しカルシウムが足りないのではないか?素晴らしい俺様と拳で語らいたくなる気持ちはよくわかるが、上級妖怪たるものもう少しくらい理性的であらねば」
「……………………」
手にしたカップを投げつけたい衝動をなんとかして押さえ込む。
本日二度目の死闘は遠慮したいところだ。
「……貴様こそ、牛魔王様の息子ならもう少しくらいそれらしく真面目に仕事をしたらどうだ」
「俺様はこの上なく真面目だが?一体いつふざけたというんだ」
貴様の存在そのものがふざけている、とは詮無いので口に出さないことにした。
互いに疲れて動けなくなるまで死闘を繰り広げた後。
荒野になった閻魔王城裏で。
何故かこうして先ほどの卓を囲む羽目になった。
「………こんなことをしている暇はないというのに……」
ぶつぶつ言いながらも、これからしなければならない復興作業やたまった仕事のことを思うと、流石にこの疲れた体では椅子に根が生えるというものだ。
死闘の結果若干焦げ目のついた紅孩児は、しばらく俺のことなどどうでもいいというような表情で紅茶を楽しんでいたが、ふと、こちらを見て口を開いた。
「貴様には休むべき時には何も考えずに休むということが出来ないのか?俺を殴り飛ばす力も出ないようなときくらい、諦めて紅茶を楽しむがいい」
「……正面にいるのがお前ではな。リラックスなど出来ようもないだろう」
「フッ……高貴なこの俺様とティータイムを共に出来るなど、光栄すぎて恐縮する気持ちもわからなくはない」
「俺の意を汲め」
「ふむ、おかわりか?」
「………………」
奴との会話に果てしない徒労を覚えて、言葉を失う。
武力以外の力を否定するこの男は、しかしどこか閻魔王様に近い性質を感じることがある。
ひたむきに何かを信じる思いだとか、闘う相手に憎しみを抱かない寛容だとか、ただの性格だと、人の話を聞かないだけだといってしまえばそれまでだが、……この冥界を統べる上で俺が必要だと思うものを、この男も持っていると思う。
だから、俺は紅孩児が嫌いなのだ。
自らの力に目を向けず、ただ父を盲信するだけのこいつが。
「……紅孩児」
「なんだ?」
「貴様は閻魔王様に仕えようと思ったことはないのか?」
「……何故そのようなことを聞く」
「冥界を統べし閻魔王様は、すなわち貴様の求める最強の武……と、そう考えるのは不自然なことではあるまい」
怒り出すかと思ったが、紅孩児は尤もだというように頷いた。
「……まあ、そういった考え方があるのは否定しない」
ティーカップがソーサーと触れ合って、微かな音をたてる。
向かい側に置かれた紅茶は、どこか不吉な紅をたたえているように見えた。
「……閻魔王様は俺を殺さないだろう。俺が死闘を挑んでも……最終的に俺を殺すことはないだろう。それは、俺の理想とする武ではない」
「では……」
牛魔王は、殺すというのか、貴様のことを。
……何故か俺は、その質問を飲み込んだ。
牛魔王は、例え相手が誰であろうと、歯向かうものの命を奪うことにためらいなど持たないだろう。
俺も紅孩児が養子になったばかりの頃は、いつまでもつか、などと考えていたのだから。
だが、今はどうだ?
牛魔王は、紅孩児を、殺すだろうか。
そして、紅孩児は……。
「何だ?」
沈みそうになった思考を、他ならぬ紅孩児の声が遮った。
……こんなことは、俺が考えることではないだろう。
紅孩児のことも、牛魔王のことも、俺にとってはどうでもいい事なのだ。
例え紅孩児が牛魔王にとって何らかの『投じられた一石』であったとしても、関係ない。
奴自身が変わらない限りは、俺の理想の冥界にとって、障害であると言って差し支えのない存在なのだから。
「いや……もし、貴様が突然考えを変えて閻魔王軍に降るようなことがありそうなら、迷惑だからやめるよう説得しなければと思っただけだ」
「ふむ、有能な俺様が味方でないことを残念に思ったわけだな?……仕方のない奴だ。まあ、目的が同じ時には共闘くらいしてやってもいい」
「言ってない。だから貴様は私の話を少しは言葉の通りに受け止めろ」
「ところでこの茶葉だが、セイロンに香り付けをするのが一般的であったところを」
「話を聞け!!」
俺は、この世で最も嫌いな奴の顔に、疲労も忘れて今日何度目かの拳を叩き込んだのだった。
◆後書き◆
だらだらと独角の独白で、読み物としてはいまひとつな物になってしまいましたが……。
とりあえず書きたいものを書いた!という感じです。
ギャグなんだか真面目なんだか。
まあ、概ねギャグです。
紅孩児嫌いな独角が大好きです。
結局親子かよ!という内容にもなっておりますが。
うん、そこは自分の中では切り離せない部分なんだ。
ちなみに蓮咲伝ポータブルの冥界編「イニシエ」よりも前、という設定で書いてます。
紅孩児もまだちょっと若い頃。
イニシエ読んでると、やっぱり独角のほうがお兄ちゃんな印象を受けるんだけどどうだろう?
すごい大まかでいいので、本気で冥界の年表が欲しい今日この頃です。
閻魔堕天、各キャラの誕生、独角の就職、紅孩児がいつ養子になったか…
それくらいでいいので…!!
紅孩児ってむしろ牛魔より閻魔に近いとこありますよね。
気が合いそうというか。
仲のいい二人にときめきます。
仲良し大好きさ!!