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キーファーエンド後のお話。
目覚めてそのまま実家暮らし中の設定です。













少年は、今の己の心の闇を具現化したかのような暗がりの中、たった一人で佇んでいた。
その心を支配するのは、怒り、悔しさ、       そして、悲しみ。
拭いても拭いても止まらない涙が悔しくて、それが更なる水源となる。
叫び出したいほど、生きることが、ただ苦しかった。
一人になりたかった筈なのに、誰も側にいてくれないことが辛い。

何故、自分はあの場所で笑えないのか。

心などなければよかったのだろうかと思う。
自我など放棄して何も考えず、あのつまらない男の望むままに理想の息子を演じ続けて生きるのはきっと楽なことなのだろう。

だが、少年の矜恃がそれを許さなかった。
そのような堕落した自分を認められるはずもなかった。

だからこうして、一人で泣いている。
誰も自分を責めない、古く、暗く、孤独な場所で。
日が落ちて月明かりさえも届かぬ場所で、たった一人。
この場を動いたら殺されてしまうとでもいうかのように、動けずに。

誰でもいい。
たった一人、自分を否定しない誰か。
そんな人が自分を見つけてくれたら。

それが叶わないならば、このまますべての人間の記憶から消えてしまいたい。
闇の中に、ただ、静かに。

心の底から溢れ出す願いは、しかし誰の耳にも届くことはなく。
        暗闇に光が灯ることはない。










「光差す此処から君へ」

重厚な扉がその身を軋ませながら開いていく。
それは、山の中に忽然と姿を見せた広い無人の屋敷。
いつ頃から建っているのか、劣化具合からして住人がいなくなったのもここ最近の話ではないだろう。
しかし孤高の偉容は歳月を経ていてもどこか凛とした空気をまとっていて、かつては美しい建築物であっただろうことがうかがえた。

玄関の扉をくぐれば、視界に広がるのはゴーストハウスのような薄暗いエントランス。
どこもかしこも埃が積もっていて、とてもお掃除のしがいがありそうだ。
無論、室内を飾るべき調度品は残っていない。
閑散としている様はやけに寂しそうで、在りし日の姿を知らないことを少し残念に思った。

「劣化して崩れているところなどもあるかもしれませんから、足下にはよく注意しなさい」
注意する彼に「はーい」と元気よく返事をする。
キーファーは屋敷の中の構造をよく知っているらしく、躊躇う素振りも見せずすたすたと歩いていく。
彼が私に危険な場所を歩かせるわけがないと思いつつも、一応言われた通り慎重に、キーファーの後をついていった。
壁には、きっと高価な絵画がかかっていたのであろう跡らしきものが無数にある。
肖像画だろうか、風景画だろうか、そんなことをぼんやりと考えながら、前を歩くキーファーに問いかけた。

「今日は、どうしてここに来たの?」

今朝突然「出掛けます、昼食の用意を」なんて言われて、バスケットに色々詰め込んで屋敷を出た。
手配してあった馬車に乗り込んで、そう長い間ではなかったと思う、それを降りたら山道を少し歩いて。
ハイキングかな?って思ったら到着したのはこの古いお屋敷だった。
華やかな場所が好きな彼からすると、こういう埃っぽいところが目的地だったことは、ちょっと意外な感じだ。

キーファーは何故、何をしにここに来たんだろう。

「確かに、女性をエスコートするにふさわしい場所とはいえませんね」
「私はこういうところ、ちょっとわくわくするけど」
そう言えば「それはお前らしい」とキーファーが肩をすくめる。
騎士団にいた頃のような嫌味な言い方でも、表情が優しいからなんだかくすぐったい。

それからほんの少し間があって。
話す気はないのかな?って詮索を諦めかけた頃、足を止めたキーファーが静かに口を開いた。


「ここは、家族と折り合いが悪かった私の、隠れ家だったのですよ」


「えっ、このお屋敷に住んでたの?」
「いいえ。私がここを見つけた時には既にこんな有様でした。……もう15年くらいは前になりますか」
キーファーが懐かしげに目を細める。
「家に戻りたくない時はここに食料やヴァイオリンを持ち込んで寝泊まりをしたり、父の肖像画を的代わりにボコボコになるまでダーツをしたりしたものです」
「……秘密基地でせっせと暗黒を育ててたんだね……」

途中までは青春の1ページっぽかったのに、何故か若干のサスペンス要素が……。

「父上には本物の顔を的にしなかっただけでも感謝していただかねば」
そんなことをしれっと言ってのけるんだから。
こんな調子で、二人の折り合いがよくなるはずもない。
家では顔を合わせれば喧嘩をしている。

キーファーは、「アンガス様と仲良くしなきゃ駄目だよ!」ってお説教をする私に気分を害した様子もなく。
むしろ子猫でもからかうかのように軽くかわしながら、今私達が立っている場所の目の前にある扉を開いた。
なるほど、足を止めたのは話をするためじゃなくて、目的地だったからだったんだ。


そして、視界に入ってくるのは、光。


「わあ……」

思わず声が出る。
そこはサロンのようだった。
ここまでの薄暗い廊下と打って変わって、南側に面した大きな窓は、この地方特有の天候、つまり曇り空からも十分な明るさをもたらしてくれる。
ガラスを一新したら、そこから見える屋敷周辺の自然が楽しめるだろう。
室内はそう広くはない。
公な、と言うよりは自分が気の置けない人とくつろぐための空間のようだ。

ふと、部屋を見回したキーファーが、何かを口にしかけて。
……でも、やめた。
何だろう。気になるけど、特に私に話す気はなさそうなので、とりあえず忘れることにする。

「人が住んでたときはすっごく素敵な部屋だったんだろうね」
質問の代わりに呟いた感想に、キーファーは軽く頷いた。
「ここがこの屋敷の中で一番明るい場所です。衛生状態がいいとはいえませんが、時間も程良いですし、ランチにしましょうか」
「うん!じゃあ、少し掃除するからちょっと待ってて」

流石にここにそのまま口に入れる物を並べたくはない。
こういう大きいお屋敷の場合、掃除道具なんかがありそうな場所は大体想像がつく。
開けられる窓を開けたら、探してきた箒でざっと積もりに積もった埃を掃いて、劣悪な保存状況にありながらも座る場所としての機能を失っていないソファの埃を払い、持ってきた水で濡らしたタオルでテーブルを拭き清めた。
あとはクロスを敷いて、バスケットの中身を並べて。

「はい、準備完了!お茶もすぐはいるから、座って」
当然、どんな場所でも淹れたてのお茶を飲めるようにピクニックティー用のハンパーを持参している。
キーファーのお家ではあんまりそういう習慣がなかったんだろうか、ピクニック用のケトルやキュナードポットがなかったので、先日外出した際に「何か必要な物は?」と聞かれて迷わずリクエストしたのがこれらのセットだ。

茶葉は、一杯目は味が凝りすぎていない爽やかな物をストレートで。
隣に座ったキーファーは、カップを手に取りそれを口にすると目を細めた。
「まったくお前の手際には感心しますね」
「どういたしまして。年季の入った下女ですから」
「ふむ……お前にはいつになったら上流階級の淑女たる自覚が芽生えるのでしょうねえ」
「うん……向き不向きって…あるよね」
つい、遠い目になってしまう。

行儀作法を覚えるとか、人前でそれらしく振る舞うことができるようになっても、こういうところは変われそうもない。
私は基本的に家事が好きなんだと思う。
それが大切な人のためならなおさら、できることはなんでもやりたい。
誰かの淹れてくれた物を二人でいただくのもそれはそれで楽しいけど、どちらかといえば私の淹れたお茶を飲んで、満足そうに目を細めるキーファーを見ていたい。


そんな、和やかなランチを終えて。
私が食器を片付けている間に、書棚から本を物色してきたらしいキーファーは、まるで自分の家であるかのようにくつろいだ様子でソファに座り、読書をしていた。
特に許可を請わずその隣に座る。
そっと、ささやかに彼の肩に体重を預けると、その視線が一瞬こっちを向いたけど、またすぐに紙面へと戻る。

何の本を読んでいるんだろう。
座るときにちらっと見たけど、私の知らない文字で書かれていて内容はわからなかった。
聞けばきっと教えてくれるんだろうけど、今のこの、時間が止まったような贅沢な静寂を壊したくない。

だから、私はただ黙って彼の体温を感じながら。
……15年前のキーファーのことを考えてみた。

15年前のキーファーなら、ルノーとそう変わらない年のはずだ。
寂しかったんだろうな、と思う。
大勢の中の孤立は、一人きりよりも孤独感が強い。
キーファーがいるからこそ今こうして幸せな気分でいられるけど、私なら、たった一人で、しかも家にどこにも居場所がなかったからここにいる、なんて寂しさに耐えられそうもない。

キーファーの弱いところも、私はいっぱい知ってる。
だけど、彼がもっともっと弱い人だったら、もっと早くに誰かに助けを求めていたのかもしれない。
何年も苦しまなくて済んだのかもしれないのに。

……でも、それだときっと私とは出会ってないよね。


「……私もキーファーと同じくらいに生まれて、15年前もこんな風に隣に座っていたかったな」


そうしたらずっと一緒にいて、キーファーに悲しい思いなんかさせなかった。
ついでにこれなら『出会ってなかった』の部分も覆せる名案。
そう思って真面目に言ったのに、「お前は貪欲ですね」と笑われた。
唇を尖らせて「だって」と抗議しようとすると、


「…わ……!」


突然視界が反転する。
ソファに引き倒された私の視界を占めるのは、年経てもなお美しい装飾が施された天井、
……そしてキーファー。
たったそれだけのことでドキドキして頬が赤くなるのが恥ずかしくて、「もう…、唐突なんだから」と顔を背けた。
大きな手が繊細な動作で、横を向いた私の顔にかかった髪をどける。


「私は、この「今」があれば十分ですよ」


お前は違うのですか?


そう、深い優しさをたたえた瞳にのぞき込まれる。
あやすように髪を撫でられて。
……誘われるように両手を伸ばした。

「それは……私だって……そうだけど、でも」
「でも?」

大好きなんだから、全部って思っちゃっても仕方がないじゃない。

ぐっと、キーファーの首を引き寄せれば、彼は素直に倒れ込んでくる。
彼の頭を抱きしめる形で抱き合って。
しばらくそうしていると、やがてキーファーがぽつりと。


「…………誰からも肯定されない自分は、主を失ったこの孤独な場所で、誰にも気づかれず闇に溶けてしまえればいいのにと、そう願ったことがありました」


小さな告白に、胸が苦しくなる。
思わずぎゅっと、彼を抱く腕に力が入った。


何よりも大切で、誰よりも大好きなキーファー。
私には戦士のように、誰かを守る強い力はないけれど、
側にいて、どんなときでも味方でいることだけは誓うことができる。
もう悲しい思いはさせたくない。
そのためならどんなことだってできる。


「誰もそのお願いを叶えてくれなくてよかった」
「そのお陰で物好きなお前と出会えましたからね」
自分で物好きとか言わなくても。
「ね、キーファー」
言葉を重ねようと、呼びかけた、その時。

不意に、キーファーの纏う空気が鋭くなった。


「静かに」


私の言葉を制して、彼が身を起こす。
「……遭遇せずに済めば、と思っていたのですが、そう都合よくはいかないようですね」
「え?」
それを疑問に思う間もなく、複数の足音が聞こえてきて、私はあわてて起き上がった。


「なんだ?野盗でも入り込んだかと思えば、お楽しみの最中かよ」
「ここは俺達の隠れ家なんですけど、ねえ?」
「おいお前等、見たところお家柄の良さそうなお方だ、失礼のないようにな」


戸口に姿を現した3人組は、口々にそんなことを言って、品のない笑いを響かせる。
言動は完全にチンピラのそれだけど、着崩した洋服は明らかに高級なものだ。
私は思わずキーファーの顔を見つめて。
「えっと……不良貴族?」

つまるところキーファーの後輩にあたる方々?

「……何ですかその不愉快な視線は。私はあのように品のない風体はしていませんでしたよ。大体、私が彼らの立場ならば、こんな風に姿を現したりせず、野盗か山賊に通報して惨劇の様子を陰から楽しむくらいします。あのような生温い輩と一緒にされては大変心外です」
「……………………」

いや、そんなところを心外とか怒られても。
非の打ち所のない悪党だったとか、これっぽっちも誇れるところじゃないからね?


そんなやりとりをしている間に、向こうでは私達の処遇が決まったらしい。
「そっちのレディを置いて逃げるか、目の前で彼女が奪われるのを見てるか、どっちか選んでいいぜ」
私は戦力に入っていないだろうから、実質3対1。
絶対的優位に立っていると確信しているからか、彼らはにやにやと楽しそうにそんな選択肢を提示してきた。
まったくもってありがたくない提案にげっそりする。

「……生温いって言うけど、悪趣味さでは結構レベル高いんじゃない?」
「実力の差も見抜けないというのは致命的でしょう。悪役が小者にならないためには用心深さが不可欠」
キーファーは私の皮肉なんか意にも介さない。
不良貴族たちに向かって「もちろん、どちらもお断りします」と言い放ち、いつの間に取っていたのか、護身用に持ってきた剣を抜き放つ。

さすがの彼らも、戦闘モードになったキーファーの不穏さに気付いたようだ。
慌てて武器を構えている。
そんな彼らの未来を危ぶんで、

「待って、キーファー!」

私を背にかばうようにして立つキーファーの袖を引いた。

「問題ありません。テレサ、下がっていなさい」
「でも、」
言い募る私に「ふっ」と唇の片端を吊り上げる。
「なにを心配しているのやら。武器は持っていますが、彼らはまず間違いなく素人です。あの玩具のような剣では」

「そうじゃなくて、殺しちゃだめだからね!」

……………………。
殺戮禁止令を出され、思わず振り返ったキーファーは、たっぷりと間を置いて。

「…………そちらの方が面倒なのですが、ね」

やけに残念そうな声音に苦笑する。
まあたぶん、最初から殺す気なんてなかったとは思うけど。

「うん、だから、キーファーならできるよね?」

「……やれやれ」

お前には叶いませんよ、と。
微笑った彼は、剣を振り上げて。




        それから。
彼らがどうなったかなんて、言うまでもないと思う。
私がお願いしたとおりに殺されはしなかったけど、柄とかで思いっきり叩かれてたから、腕とか肋骨くらいは折れてたんじゃないかな。
最初の余裕はどこへやら、這々の体で逃げていく後ろ姿を少し哀れに思った。

「あの人たちもかわいそうに……。トラウマにならないといいけど」
「正当防衛ですよ」
「キーファーが本気モードになっただけで戦意喪失してたし」
「本気?冗談でしょう」
遊びにすらなりませんでしたよ、とむしろ物足りなげなご様子。

騎士団時代は参謀ポジションだったし、陰湿そうな性格も相まって人を使って策を巡らすタイプに見えるキーファーだけど、戦いが始まると先陣切って突っ込んでいっちゃうんだよね。
血気盛んというか、待てないせっかちさんというか。

……まあ、うん、正直に言えば。
あんまり危ないことや酷いことはして欲しくないんだけど、やっぱり剣を握ってるキーファーはかっこいい。
綺麗な剣筋、洗練された迷いのない動作。
つい見惚れてしまう。

ぼーっと見ていたのに気付かれたらしい、「何ですか?」と訝られてしまった。
正直に言うのはなんだか恥ずかしくて、慌てて首を振る。
「う、ううん、なんでもない!あ、お茶飲む?もちろんお菓子もあるよ!」
誤魔化そうとフルーツタルトを並べて、ポットの茶葉を入れ替え始めた。
キーファーも「今昼食を済ませたばかりのような気もしますが」、なんてぶつぶつ言うけど最終的には「いただきましょう」だ。
うんうん、お茶の力は偉大だよね。




濃いめに淹れたミルクティーを並んで座って飲みながら、ふと先ほどのキーファーの言葉を思い出した。
「ねえ、そういえば、あの人たちが来るってわかってたの?」

『……遭遇せずに済めば、と思っていたのですが、そう都合よくはいかないようですね』

確かあの時、キーファーはこんなことを言っていた。
私の問いに彼は一つ頷くと、
「床に積もった塵に、複数人数の足跡が付いていましたからね。最近頻繁に出入りしている何者かがいるだろうということは気付いていました。ただ、その歩き方からして戦闘訓練を受けたことがある者ではないことはわかっていましたから、害意のある者でも追い払えるだろうと。……遭遇しないで済めば一番だったのですが、ね」
少々、間が悪かったようです。
そんな風に肩をすくめる彼に、私は今更ながら感心してしまう。

そういえば、この部屋に入ったときに何か言いかけてたよね。
その事を言おうとして、必要ないから言うのをやめたってところなのかな。

「足跡からそんなところまで分析できるの?ていうかよく見てたね」
「当然でしょう。むしろあの程度の輩で済んで幸いと言うべきですよ。こういった場所は賊の根城になりやすいですから」
「ゲルハルトみたいな人が100人くらい住んでたらどうするつもりだったの……?」
「無論、回れ右をして帰っていたでしょうね」
レヴィアス騎士団の参謀様その2、結構いき当たりばったり。


「ところでお前は」
「うん、私が、どうかした?」
「無粋な輩が乱入してくる前、一体何を言いかけたのですか?先ほどから気になっていたのですが」
「え?あ………」

そういえば話の途中だったっけ。
うう、でも改めて聞かれるとちょっと恥ずかしいよ。

……というわけで、とぼけることにした。

「えっと、忘れちゃった」
「……ほう?」
わ、なんか不審そうだ。
「うん、柄の悪い不良貴族に絡まれた恐怖で、ついぽろっと……」
「緊張した様子すら見受けられなかったような気もしますが、ね」
それはまあ、キーファーに比べたらかわいく見えるような小悪党だったし。

「えーっと……あ、こっちのパイも食べてね」
「いただきましょう」
「……………………」
「……………………」
しばらく、無言のティータイムが続く。


いや、別に隠すことでもないんだけど。
普段から思ってることだし。
でも間合いってあるよね!?
もう今完全に普通の雰囲気だもんね!!


「……あのね」
「何ですか?」
「えーと…………。お茶、もっと飲む?」
「いただきます」
「……………………」
「……………………」
黙って、もう一杯用意する私。

ああ、駄目だこの空気。
スルーしてもらえそうもない。
仕方がないので、妥協案。
「…あの、」
「思い出しましたか?」


「…………家に戻って二人きりになってからなら思い出せそうな気がする」


少し言葉に迷って、そんな風に言った。

仕切りなおして、私に続きを言わせてみせて。

「では、今夜を楽しみにしていましょうね」

口にしなかった部分まで伝わったんだろうか。
返って来たのは意味深な笑み。
望むところ、と余裕で返したかったけど、実際にはドキドキしてしまって「……うん」と曖昧に頷いただけになった。

今は言葉のかわりに、彼に軽く寄りかかる。
『私も楽しみにしてるよ』って、言わなくてもきっとわかっちゃうんだろうなって、思いながら。
ミルクティーにしておいてよかった。
今の自分の恥ずかしいことになっているであろう赤い顔がお茶の水面にうつらないから。




少しずつ日が傾いてきて、二人の穏やかな時間は終わりの時を迎える。
「そろそろ戻りますよ。時間になったら先程と同じ場所に馬車を寄越すように手配してありますから」
「うん、待たせちゃ悪いもんね」
そうは言いつつもなんとなく去りがたくて、後ろ髪を引かれる思いで片づけを始める。
ふとキーファーを見ると、彼は先程物色した本を書棚に戻していた。
……歳月と共に劣化したものを損なわないように、慎重で丁寧な動作で。

その横顔に感傷の色は、ない。
それが少しだけ意外な感じがしたけど、同時に彼らしくも思える。

さっきキーファーは、『何故ここを知っていたか』については教えてくれたけど、『今日何故ここに来たか』は教えてくれなかった。
何となく、だけど、ただただ過去を懐かしむためだけに来たとは思えない。
……きっと、昔の自分を笑い飛ばすためなんじゃないか。
ならば私も過去のキーファーに言ってあげたい。


頑張れば幸せな未来が待ってるよって。

あなただけを望む私が待っているから、一人で孤独に浸ってないで早く行ってあげてって。


「ねえ、キーファー」
声をかけると「なんですか?」と振り返る彼。
「ここ、また連れて来てくれる?」
甘えるように腕に抱きつけば、もう片方の手が頭を撫でた。
「気に入りましたか?」
「うん。今度は探検したい!」
「やれやれ……まあ、お前が望むならいくらでもエスコートしますよ」
「二人の秘密基地だね」
「隠れ家と言いなさい」
情緒に欠けます、とか言われても、キーファーの感性はよくわからない。
でもまあ、こんなやりとりが楽しいからなんでもいい。

こうして二人でいる「今」があれば十分だと言ってくれるキーファーを、どうか幸せにできていますように。

そんな風に祈って、私は彼の腕をひっぱった。
孤独な場所から連れ出すのではない、二人の秘密の場所にしばしの別れを告げる、そんな軽い動作で。




















◆後書き的な何か。

ふたりがまったりいちゃいちゃしていてくれればいわきはそれでハッピー。
……そういうお話です。
テレサが無防備に顔や腕をむぎゅってするからいつでも理性を試されているキーファー。
そういうお話でもあります。(台無しだよ!)

キーファーを駄々甘やかすテレサがいいよね。
キーファーは甘えすぎて人としての尊厳を失いそうなんだけど、心地よすぎて逆らうことができないんですよね。
殺しても壊してもいいなんてどんな殺し文句なのっていつも思う。
テレサたんキーファー好きすぎ。

少しは真面目な話をするなら、一応、そう遠くない未来に発行したい予定の魔恋本の予行練習というか。
全然違う内容にはなりますが、うん、15年前のキーファーのところにタイムスリップしちゃう的なね、そういうお話を描こうと思っているので、それの自分への予告編みたいな、そういうものでもあります。
色々捏造過多すぎて申し訳ない。

キーファーとテレサは、本編ではあんまり私的なことについて互いに知り合う機会とかないまま運命<SADAME>でくっついてしまったので、その空白を少しずつ埋め合っていくその後を考える作業が大変楽しいです。
次はテレササイドの話とかもいいですね。
ノーグ旅行編やりたいなあ…。旦那と里帰りマジ美味しいよ!

ところでピクニックティー用に持ってくポットは、持ち歩いても安定がいいように四角い形でとってもかわいいんですね、知らなかった!
屋外でティータイムなんぞしませんが、かわいいからキュナードポット欲しいです。
……使わないポットを飾る場所などないがな……。






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