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紅孩児×玄奘。
紅孩児のお誕生日話。


※蓮咲伝紅孩児ルートを通って本編大団円エンドを迎えたら、ラストバトルで蘇芳ルート的に教典に吸われて力をなくした紅孩児を『預かって欲しい』と牛魔王に突然託されたので、何が何やらよくわからないうちに玄奘の住んでいる寺院に住まわせることに……。という設定が前提です。
オフラインページから、紅孩児×玄奘本『炎の化石』のサンプル1にそのあたりのくだりが書いてありますので、そちらを見ていただけると早いかもしれません……。








 





「実家に帰っていただきます」


絶対零度。
顔の筋肉のみで作られた笑顔。
感情のこもらない声。
有無を言わせぬ迫力。
紅孩児はそんな玄奘を前に、従うという以外の選択肢を持たなかった。










「狭間に揺れる朱は夕日に溶け合って」




◆1

「なんだあの女は意味がわからん」
「いや、それはお前が悪いから。100パーセントお前が悪いから」
「何だと!?父上の素晴らしさを語ることの何が悪いというのだ」
「や……うん、普段ならちょっとうざいくらいで済むんだろうけどね……。間が悪いっていうかほんとに他意とかなかったんだねっていうか……」

言いながら語尾が小さくなっていき、蘇芳は溜息とともにテーブルに突っ伏した。
「ちょっとうざいとは何だ、まあ確かに脆弱で矮小な人間ごときに父上の素晴らしさを理解しろと言う方が無理な注文なのかもしれんが……」といういつもの定形句を右から左へと聞き流しながら、頭を抱える。


教典を巡る戦いで敗北し、力をなくした紅孩児が玄奘のもとで暮らすようになって数ヶ月。
他でもない牛魔王の命令とはいえ、紅孩児はそれなりに大人しくしていると思う。
この状況で紅孩児が玄奘を手にかけるだとか、そうした懸念は不思議と最初から抱いていなかったのだが、紅孩児は何しろあの性格なので、「人間に紛れて普通の生活」などという芸当ができるかどうかという点に関しては甚だ不安だった。
幸い蘇芳は、隠居すると言い出した牛魔王に押しつけられてかなり不本意で面倒なことながら、冥界の代表者として冥界と地上界とを行き来できる立場にある。
むしろ仕事を口実にして、地上に来た際には紅孩児と玄奘の様子を見ることができた。
紅孩児のことも玄奘のことも、他人事にできない損な性分故に、二人の……つまり、妖怪と人間のカルチャーギャップ(?)を埋めるような役回りをしているのだった。

さて、本日もいつものように冥界代表として地上にお仕事に来た帰り道、玄奘の様子でも見に行こっかなーなんて鼻歌交じりに考えていると、前方から不機嫌全開の冥界の元プリンス様が歩いてくるのが見えた。
別に見つけたくもなかったのに。
様々な人で賑わう都の大通りにあっても目を引く洋装であるところに加えて、目が合ったら殺されそうなほどの不機嫌オーラを纏っている。
このモーセ現象……「見えなかった」では誤魔化すことはできなかった。
心の底から気は進まなかったが渋々声をかければ、周囲がどよめく。
それはそうだろう、蘇芳だって大変遺憾なことに知り合いじゃなければ臭い物には蓋、触らぬ妖怪に祟りなし、回れ右をしていたに違いない。

ともあれ、紅孩児が不機嫌なときにはとりあえずお茶だ!
冥界で暮らす上ではそれが鉄則だった。
紅孩児が蘇芳の存在を「貴様か」と認めるやいなや適当な甘味処に連れ込んで、「俺様は紅茶が」「もとをただせば同じ葉っぱなんだから文句言うなよ」とか揉めながらも何とかオーダーを済ませて。
香り高いお茶が出てくれば紅孩児も文句が止まる。

で、だ。
落ち着いたところでようやく話を聞いてみれば……、
ああもう、なんていつも通りで頭の痛い。
地上界で暮らすようになって、紅孩児も少しは変わったんじゃないかなんて……そんなのは甘い考えだった……ようだ。

紅孩児が語ったところによると、本日冥界のプリンス様のご機嫌を著しく損ねた出来事は……。




「紅孩児の誕生日は明日なのですよね?それでささやかでもお祝いをさせていただきたいのですが……」

と、玄奘は今朝こう言ったそうだ。
それに対して紅孩児は、

「これから父上より素晴らしい祝いの品が山ほど届くからな。人間ごときの貧相な宴など無用だ!」

とかなんとか返したらしい。
胸を張って、笑顔で。
その後の展開は推して知るべし。
「でも」と食い下がる玄奘に、紅孩児は訥々と牛魔王の素晴らしさを語り、「そんなに牛魔王がいいなら冥界に戻ったらどうですかむしろ実家に帰っていただきます」とすごい剣幕で寺院を追い出されたそうだ……。




何というか、頭が痛い。

紅孩児は「お誕生会を拒否した」のではなく「父上の素晴らしさを語った」つもりだ。
まあ、ひょっとしたら、決して裕福とはいえない玄奘の生活に負担をかけたくなかったとかそういう気遣いがほのかには混ざっていたのかもしれな……………、
いや、ないか。
ないな。うん。


蘇芳は二度目のため息をつくと、非常に気の進まない仕事……説得を始めた。
「紅孩児はとにかく帰ったら玄奘に謝って。そんで彼女が祝わせて欲しいって言ったら祝わせてあげて」
「何故俺様が頭を下げねばならんのだ」
「彼女が教典のために旅してた頃ならともかく、お前今は玄奘にすごい世話になってるんだろ!?彼女がそうしたいっていうなら日頃のお世話に感謝を込めて、それくらい快くつきあってやれよ!」
たぶん、お義理で付き合われても玄奘は嬉しくないと思うんだけど、まあそこはそれ、紅孩児のことだから「お誕生会」の卓について「主役」として持ち上げられれば絶対乗るだろう。

蘇芳の言葉に、紅孩児は訝しげに眉を寄せた。
「……俺が祝われることが何故、日頃の世話の感謝になるのかが理解できん。他者を祝うほどの余裕があるのなら、欲しいものの一つでも買えばいい」
「それは………」

蘇芳は言い澱んだ。
玄奘の性格を考えれば当然のことではあるが、それを理解しろと紅孩児に求めても、妖怪である紅孩児には計りがたいことだろう。
紅孩児のあんな態度はいつものことと言えばいつものことなのに、今回に限って玄奘の逆鱗に触れてしまったのは、それが玄奘のことではなくて紅孩児のことだったからでもあるのだろう。

「(誕生日教えたら「お祝いをして紅孩児に喜んで貰えたら」ってすごく張り切ってたもんなあ…)」

そう、実は玄奘に紅孩児の誕生日を教えたのは蘇芳だ。
紅孩児をもっと理解したい、という玄奘の気持ちに応えてのことだが、少々安易だったかという気もする。
玄奘が紅孩児に好意を寄せているのならば、応援してやりたい気持ちもあるが、現実的なことを考えれば人間同士のようにはいかない。

紅孩児は徐々にだが力を取り戻しつつある。
いつまでも地上界にとどめるわけにはいかないだろう。
もし。
もしも互いに惹かれあっているならば、どの選択をしても玄奘が失うものは小さくないはずだ。
敵対していた自分が言うのもなんだが、彼女の悲しむ顔は見たくない。

「(つっても、現在進行形で玄奘は悲しい思いをしてるわけで……)」

オレ何やってんだろ、と思いつつ、未来のことはおいてまずは事態の収束をはかることにした。

「確かに、お前の誕生日を祝うことで玄奘が物理的に得る物は何にもないかもしれないけど、紅孩児だって今の力がない状態でも牛魔王の誕生日には何かしたいと思うだろ?それとおんなじだよ」

「……………………」

紅孩児は、蘇芳の言葉に素直に頷いたりはしなかったが、押し黙って店で一番高価な烏龍茶の水面に視線を落とした。
これは紅孩児が考え事をする時の癖だ。
先ほどの言動から察するに、紅孩児は蘇芳が思っていたよりも玄奘のことを考えているようだ。
きっと、これで自分の義務は果たした、と、ほんの少しだけ肩の荷がおりて軽くなった蘇芳は、心置きなく自分が頼んだ甘味を口に運んだ。




◆2

「(俺が今この状況になっても父上をお祝いしたいのと同じ気持ち…………?)」

人間ごときが俺様と同じ気持ちなど、と反論を試みた紅孩児だったが、何故か口を開きそびれた。
そしてそれについて考えているうちに、蘇芳は支払い  もちろん経費で落とすのだろう  を済ませて出ていったようだった。

紅孩児も茶を飲み干して店を出る。
日がだいぶ傾いているのに気づいて、昼前に寺院を追い出されたことを思うと、それなりの時間が経っていたようだ。

『確かに、お前の誕生日を祝うことで、玄奘が物理的に得る物は何にもないかもしれないけど、紅孩児だって今の力がない状態でも牛魔王の誕生日には何かしたいと思うだろ?それとおんなじだよ』

蘇芳の言葉に甦った記憶がある。
何年前、などと覚えてもいない遠い昔のことだ。






「牛魔王様が迷惑していたとしてもそれでも祝うことに何か意味はあるのか!?」

あの男は、……独角鬼は、そう怒鳴りながら痛烈な一撃を食らわせてきた。
父王を祝うことを当然のように強要したことへの反撃だ。
紅孩児が牛魔王の養子となり、閻魔王がまだ健在だった頃。
その時はまだ妖怪としては幼いと言っても差し支えなかった紅孩児は、やはり反論しようとして言葉に詰まった。


……自分の行為が牛魔王にとって迷惑であると、想像だにしなかったわけではない。
ただ、自分が祝いたいと思う以上、それを遠慮するのは妖怪らしくない……そう、思っていた。
また、父が本当に煩わしく思えば、きっと正直にそう言うだろうとも。
自己満足であることに疑問を感じたわけではない(むしろ最初からそのつもりでやっていると言っても過言ではない)。

ひっかかったのは

「意味があるのか?」

というところにだ。
どれだけ紅孩児にとって大切な日だったところで、牛魔王が本当に迷惑に思っていた場合、自分にもどれほどの意味があるのか。
……考えても答えは出なかった。


一撃を食らい、起きあがったものの座ったまま動かなくなった紅孩児に、独角は少し焦ったらしい。
「おい……別に、牛魔王様が本当に迷惑されているかどうかは知らんぞ?ただ、貴様ならともかく、俺から祝われたところで迷惑だろうと言いたかっただけで」
それには大きく頷いた。
「うむ、それは確かにそうだな」
「っならば最初から声などかけるなーーーー!」

紅孩児の横っ面に、再び拳が叩き込まれたことは言うまでもない。




「意味がなくてもしたいからする」……何故それではいけないのだろうか。
否、誰がいけないと言ったわけでもないのに、何故自分はそれが気になるのか。




「……それをお前が聞くのか?紅孩児」

紅孩児に問われた閻魔王は酷く可笑しげに、瞳を細めた。
真意を探るように顔を覗き込まれ居心地の悪い思いがしたが、目を逸らすことはしなかった。(できなかっただけかもしれない)

「………………」
「ふむ……、では、お前は何故牛魔を祝おうとした」
「そうしたかったから、としか」
「それでは納得できぬか」
「よく、わかりません」

突然やってきてまとまらない考えを思いつくままに話した自分は、一体閻魔王の目にどう映っていただろうか。
だが紅孩児は他に「悩みを相談する相手」を思いつかなかった。
こんなことで牛魔王の手を煩わせるわけにはいかなかったし、「悩む」などという妖怪的でない状態を父が好むとも思えない。

閻魔王は紅孩児が訪れたときに読んでいた本を傍らに置き、向き直って言った。
「現状私は、今のお前が納得できそうな答えを持ち合わせてはおらぬ」
「………………」
「だが、お前が思うように牛魔は迷惑ならばやめろと言うはずだ。ならば、お前の好きなようにやって問題なかろう」

それはある一面においては紅孩児が欲しいと思っていた答えだったが、やはり、閻魔王がした前置きの通り、心底納得できる物ではなかった。
紅孩児の表情からそれを読みとったのだろう、「この疑問を忘れずにいれば、そのうち突然答えが閃くこともあるだろう」と、大きな手がまだ幼さを残す紅孩児の癖の強い髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
「それまではやりたいようにやればいい。私も、この時期はいつも牛魔にどんな嫌がらせ……もとい祝い方をしてやろうかと、胸が躍る」
見上げた先にはいたずらっぽく微笑う閻魔王。
あの穏やかな表情を、今でもよく思いだせる。






『今のお前が納得するような答え』……。
今の、とはどういう意味だったのだろう。
あの時と自分は何か変わっただろうか。
閻魔王様は今なら自分に何を言うのだろうか。

玄奘が『祝いたい』と言った時、物理的な力のみならず経済力すらも持ち合わせない人間が何を、と思った。
脆弱な存在が、自分に対し『何かをしてあげたい』などと。

……だが、父から見た自分もこうだったのではないか。

『何の力も持たぬくせに何を』
『他者のことよりも自分のことを考えろ』

そう、思われていたのではないだろうか。
牛魔王は何も言わなかった。
やれともやるなとも言わなかった。
だから、自分は………




「こ、紅孩児っ!」




店を出て考え事をしながら、無意識に自分は帰途についていたようだ。
名を呼ばれ顔を上げれば、玄奘がこちらに向かって走ってくるところだった。
慌てた様子を見て、もしや何かあったのだろうかと眉を顰める。
そして走ってきた勢いのまま、玄奘は紅孩児にぶつかった。
……否、抱きついた。

「よかった……見つかって……」

心の底からほっとしたという声に、疑問符が頭を飛び交う。
何かあったのか、という問いを遮るように、玄奘が紅孩児に抱きついたまま頭を下げた。(下げたというよりもしがみつくようになった)


「今朝は、その、すみませんでした!」


「……………は?」


たっぷり間を空けて、紅孩児がぽかんと聞き返す。
予想外すぎる事態に相手が固まっていることにも気づかず、玄奘は口早に続ける。
「今のあなたに対して「冥界に帰れ」だなんて酷いことを言ってしまって……!そんなことできるはずもないのに、あの、お願いですから帰ってきてください、私は……」
逃がすまいとしてなのか、服を掴む手に力が入った。
「……………………」

ようするに、ついカッとなって言ってしまったが、真に受けた紅孩児が本当に出て行ってしまったのかと思い心配になって、探していたということなのだろうか。

「……………………ふむ。貴様は、怒っていたのではなかったのか?」
「そ、それは、怒っていました、けど。……でも、よく考えたらただ私が自分の気持ちを押しつけていただけですし……」
でもでも紅孩児の言い方もよくありませんよ?と言いながらも、声は小さくなっていく。
「……………………」


妙な人間だと思った。
人間とは皆こうなのだろうか。
それとも玄奘だけが特別なのか。
『自発的に出て行ってくれていい厄介払いができた』と思わないあたりが紅孩児には不思議でならない。


「あ、す、すみません私……!」
紅孩児の沈黙をどう解釈したのか、頬を赤らめた玄奘が慌てて離れる。
「違うのです、ええと、これは、勢いというか、ずっと探していたから見つかってよかったという気持ちがついうっかり……」
「……玄奘、貴様は何故、俺を祝おうなどという発想に至った?」
「………え?それは……」
「やれと命じられたわけでもない、貴様にとって得にもならないその行為はどういう意味を持つ?」
玄奘は一瞬考え込んだが、すぐに顔を上げてまっすぐな眼差しを向けてきた。

「得とか意味とかそういったことは関係ありません。誕生日というのは、誰しも生まれたことを祝う日です」

瞳の強さに、少し眩しい思いがして紅孩児は目を眇めた。
「……つまり、人間にとってはやることが当たり前の慣習、と言うわけか」
「そ、それはそうなんですけど、でもそんな義務的な気持ちではなくて…………」
「義務的な気持ちではなくて?」

玄奘が黙ってしまったので、紅孩児は黙って続きを待った。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
だが、一向に再開の気配はない。


「………ふむ、とりあえず帰るぞ」

埒があかないので紅孩児が歩き出せば、

「………………はいっ!」

玄奘は帰るという言葉が嬉しかったのか、明るく返事をしてその隣に並んだ。




『義務的な気持ちではなくて』

……では、どんな気持ちだというのだろう。
紅孩児は『気持ち』で自分の行動を決めたことがなかった。(…と自分では思っている)
妖怪は行動の前にそれについての意義など考えたりしない。
目的を果たすための思考はあっても、人間のように相手の考えや道徳的なことなどをグダグダ考えるということはまずない。
それは非常に合理的かつ素晴らしいことだと、そう思っていた。

それでも、人間と近くに暮らしていると、嫌でも考える。

自分が何かをする際に、相手のことを考えているという事実。
何故、過去の自分は、独角の一言で考えてしまったのか。
それは、
少なからず、

相手に喜んでもらいたいという気持ちがあったから。

そんな人間的な思考が存在していることが三蔵一行に敗北した原因なのだろうか。
それが弱さ?
だとしたら、そんな思考ばかり存在していそうなこの女の強さとは一体何なのだろう?

「(あの時、閻魔王様が俺に言わなかった答え、とは)」

そんな筈はないと否定する心と、そうであって欲しいと願う心がせめぎあった。




◆3

「貴様は何故、俺を祝おうなどという発想に至った?」

そもそも、生まれた日を祝わないという方が、不自然なことだと思う。
夕日を背に紅孩児の隣を歩きながら、玄奘は紅孩児の言葉を反芻していた。
あれほどまでに冥界を、そして家族  牛魔王を大切に思っている紅孩児なのに、何故それが当たり前でないのか、玄奘には不思議でならなかった。
……それが、人間と妖怪の違いなのだろうか。




午前。
紅孩児の心ない一言に怒りを爆発させて「実家に帰ってもらいます」と追い出してから、憤りのままに掃除をしていると、だんだん頭が冷えてきた。

……それほどまでに怒ることだっただろうか。
紅孩児はいつもあの態度だし、実際、祝いたいなどと言っても大したことができるわけでもない。
「でも……、何もあんな言い方をしなくても……」

ただ、紅孩児が喜ぶようなことをしてあげたかっただけなのに。


敵対していた冥界の王子様を孤児院に住まわせるなんて最初はどうなることかと思ったが、意外にも紅孩児はよく馴染んでくれた。
子供の面倒もよく見てくれるし(ただ同じレベルで盛り上がっているだけのようにも見えるが)、教えれば家事なども手伝ってくれる。
……モチベーションによっては放棄されることもあるとはいえ。

それに、年寄りと女子供しかいないこの孤児院では、力をなくしたとはいえ人間よりは強い紅孩児がいてくれることは防犯的な意味合いでも心強かった。
きっと少なからぬ努力をして人間の生活に合わせてくれているのだろう。

そんな紅孩児に、改めてお礼を言いたい。
この出会いに感謝する日として、誕生日を祝いたかったのだ。

「………でもやはり、彼は冥界が一番大事なのですね」

ポツリと、なんだか寂しい気持ちで呟き、そこで、自分が彼に何を言ってしまったかに気付いて青くなった。
紅孩児は、帰りたくても帰れない立場なのだ。
彼が父を、そして冥界を愛する気持ちは玄奘にもよく伝わってくる。
その大切な場所にどれだけ帰りたいかなど、わかっていたはずなのに。
玄奘はいてもたってもいられず、あわてて寺院を飛び出した。


思い当たる場所を方々探し、寺院と都の中間地点辺りでようやく見つけた紅孩児は、怒っているとか、凹んでいるとか、そういう風には見受けられなかった。
常と変わらない様子に安堵しながらも、自分の取り乱し具合を考えて少し不公平な気分になる。
「(まあどうせ……私の発言など紅孩児の中では大した存在ではないのかもしれませんが……)」
というか、紅孩児にとって牛魔王以外の全ては『その他のこと』なのだろう。
それでも、『その他大勢』の中だったとしても少しくらいは彼に近いところにいるのではないかと、自惚れたかった。
私的な記念日を祝える位置にいると思いたかったのだ。


『貴様は何故、俺を祝おうなどという発想に至った?』


……だからその質問はとても不思議(心外と言ってもいい)だった。




私が紅孩児の誕生日を知れば、祝わない筈などないのに。




無言で隣を歩く紅孩児をちらりと見上げる。
「……あの」
「なんだ」
「誕生日を祝う、というのはその方が生まれてきたことを祝う、ということですよね」
「ふむ」
「ひいては、その方との出会いをも」
「そうなるな」
玄奘の言葉に、隣を歩く紅孩児は素直に耳を傾けている。
今の言葉に同意を得られたことが、少しだけ嬉しかった。

「私は、……紅孩児と出会って……最初は、まあ、ええと、色々ありましたけど、それでもあなたとの出会いが、私を変えました。仙のこと、妖怪のこと……あなたは、私が見ようとしなかった世界のことを教えてくれた」
「……………」
「それに今は、子供達の面倒も一緒に見ていただいてますし、この出会いに私はとても感謝しています。もちろん、何か大したことができるわけでもないんですが、それに感謝する……そういう気持ちを伝えたくて、お祝いしたいと、……そう、思ったのです」

ふいに。
紅孩児が足を止めたので、玄奘もそれに従った。

「玄奘」

「は、はい」

静かな声で名前を呼ばれて、何故か動揺する。
彼の操る炎の熱さとはまるで正反対の、音もなく降る雨のような、凪いだ声音が耳に心地よいことを知ったのはつい最近だ。

「妖怪には生まれた日を祝う習慣などない。…いや、他の者は知らんが、少なくとも父……牛魔王はそのような行事を執り行う習慣はないようだった。だがある日……俺は父上の生誕日を知る機会に恵まれた。俺にとって父上がお生まれになった日は何より尊い日……それから祝うのを欠かしたことはない」

たまに思い出したように語られる、紅孩児の過去の話。
そこに入り込めないことを寂しく感じることはあるが、それを聞くのがとても好きだ。
何より、紅孩児の穏やかな表情を見ることができるのが嬉しかった。

「だが……ある日ある男に言われたのだ。『相手が迷惑しているかもしれないのに無理に祝う意味があるのか』と」
「え…………」
紅孩児にそういうことを言える相手が牛魔王以外にもいたことに少しだけ驚く。


「貴様は、俺が迷惑だと言っても祝うか?そこに意味はあるのか?」


声に、非難の響きはなかった。
純粋な疑問という風でもなく、言うならば困惑。
縋るような、僅かな弱さを覗かせる迷いだと言う方が正しいのかもしれない。


同じなんだと。
出生や環境、種族が違おうとも、自分たちは何も変わらないのだと、強く感じた。
それはとても嬉しい実感だ。
相手が考えることを放棄していなければ、言葉は通じるのだからきっと溝を埋めていける。


どう答えるべきか、しばしの逡巡の後、玄奘は慎重に口を開いた。
「もしも……もしもあなたが本当に、生まれた日を祝われるということに嫌悪を感じるのであれば、強制したくはありません。でも、先ほど言ったように、私はあなたに会えてよかったと思っています。あなたを育んだものに感謝したい気持ちというのは、それを形にしなくても私の中に存在し、簡単に消せるものではないのです」
「………………」
「相手を祝福したい気持ちは、目には見えなくても存在し、どこかで届いてくれるのではないか……いいえ、届いてくれるといいなと、私は願います」

紅孩児は感情の読めない表情で、しばらくただ紅孩児を見下ろしていたが、やがて視線を外し、歩きだした。
あまり答えにはなっていなかったと思う。
でも、彼を肯定したいということだけ伝わればそれでよかった。

どうか、届きますように。

強くそう願って、玄奘はその隣に並んだ。




しばらく無言で歩いていたが、ふと、気になって玄奘は質問した。
「それで……、紅孩児はその後どうしたのですか?」
「その後?」
「牛魔王の誕生日を祝うのは、それきりやめてしまったのですか?」
「いいや、続けている。誰がなんと言おうと、それがたとえ父上であろうとも、その日は俺にとってとても大事な日なのだ」

そこには誇りが見える。
大切な存在への敬意を表すこと。
混じりけのない純粋な感情を向けられることは、とても気持ちのいいことだろう。
なんだか少しだけ牛魔王の気持ちがわかった気がした。

「……紅孩児」
「何だ」
「あなたはきっとこういう考え方は嫌いだろうと思うのですが、牛魔王はあなたに祝ってもらうのが嬉しいのだと思いますよ」
「嬉しい……?」
紅孩児は理解できないと言うように首を傾げた。
それが本当に不思議そうだったので、つい笑ってしまう。


「ええ。もしも迷惑だと思っていたら、紅孩児の誕生日を祝ったりしないのではないですか?」


「………………」
「つまり紅孩児、あなたも自分がそうされたら嬉しいと思うからそうした。私にはそう思えます」

紅孩児が再び立ち止まる。
強い眼差しが玄奘を居抜いたが、恐れたりはしなかった。
受けてたつとばかりに見つめ返す。

「嬉しい、か」
「あ……もちろん、私が勝手にそう感じたというだけの話で、紅孩児が不快に感じたのでしたら申し訳ありません」
妖怪と人間では違いますし。
説教臭くなってしまった言い訳を一応してみたが、紅孩児は気分を害したようには見えなかった。
……むしろ…、


「よく、わからんな。貴様の……人間の考え方は」
「私にも紅孩児のことはよくわかりませんから、そこはお互い様ですよ」
「なるほど、もっともだ」


紅孩児が、切れ長の目を細める。


以前のような暗く深い赤ではない柔らかな朱が、夕日に溶けるようだ。


最近たまにこうした表情を目にすることがある。
とても自然に微笑う、その表情に玄奘はとても弱かった。
そんな必要どこにもないはずなのに、何故か鼓動が早くなって頬が赤くなってしまう。
見ていたいのにどうしても直視できない矛盾。

あからさまに視線をそらし、「行きましょうか」と突然早足で歩き始めた玄奘に、紅孩児が疑問を感じるのはまあ当然のことで。
「玄奘?」と名を呼ばれあっさり追いつかれたが、そちらを見るわけにはいかなかった。
「早く歩くことは貴様にとって足腰の鍛錬にはいいだろうが、この辺りは」

「キャッ……!」

何かに足を引っ掛けて、バランスを崩す。
転びかけた細い腕を大きな手が掴んで、力強く引き寄せられた。

「……躓きそうな石が沢山落ちているから気をつけろ、と言おうとする前に転ぶとはせっかちな奴だ」
「あ……ありがとうございます」
至近の体温を意識して緊張する。
そういえば、先程抱きついてしまったことを思い出した。

「何をしている、玄奘。早く歩け」
だが、玄奘が内心慌てている間に、紅孩児は腕を放して歩き始めている。
「あっ、す、すみません」


「早く戻って思う存分俺様の生誕祭の準備をするがいい」


「え」
思いがけぬ言葉に、目が丸くなった。
「い、いいのですか?」
「ああ、都中をパレードするのでも、豪華客船「紅孩児号」の進水式でも、紅茶満漢全席でも好きな行事を執り行ってくれていいぞ」

経済力があっても実施したくない行事ばかりなのですが……。

「………………料理が一品増える程度でよければ」
「何だと!?貴様の誠意はその程度なのか!?」
「真心はお金で買えない貴重品だと思いますよ」
「なるほど……レア度で勝負というわけか」
「そ……うです、ね?」
なんだかよくわからないが納得してくれたらしい。
「まあ、仕方ない。貴様の真心とやらを楽しみにしていてやろう」
「ど、どうもありがとうございます……?」

先程のシリアスなムードを片っ端から台無しにするいつもの調子に戻った紅孩児に、がっくりと肩を落とせば、髪がくしゃくしゃになるまで頭をぐりぐりと撫でられた。
「やめてください!」と抗議したのは、もちろん照れ隠し。
何が楽しいのか、紅孩児は愉快そうに笑っている。
だから、つられて玄奘も笑った。

「それで?貴様の生まれた日はいつなのだ?」
「え?ええと、7月12日ですが……」
「何だ、今年はもう過ぎてしまったではないか。では、来年は俺様直々にセレモニーを企画してやろう」
「えっ……」

「俺様を祝いたいということは……つまり貴様が祝って欲しいということなんだろう?」

ニヤリと。
思わず後ずさりしたくなるような、意地悪そうな表情。
もちろん玄奘がそんなつもりで言ったのではないことはことはわかっているだろうに。
……ひょっとしたら、紅孩児も照れ隠しなのかもしれない。

「そ、それは、確かにそんな言い方もしましたが、そういう意味ではなくてですね」
「ふっ……楽しみにしているがいい」
「……話、聞いてくださいね……」


紅孩児の人の話を聞かなさぶりに脱力しながらも、つい幸福そうな笑みがこぼれてしまう。


来年。
彼は、そう言った。
次の年も紅孩児とこうして共にいられるのだろうか。
紅孩児もそれを望んでくれているのだろうか。
こんな風な時間が続いていくこと。


そうであって欲しいと。
玄奘はまるで日が落ちて家に戻るのを惜しむ子供のようなひたむきさで、長い影を投げかける柔らかな夕日にそう願った。











◆あとがき的な何か。
ごめんすごい遅刻だけど紅孩児おめでとう。
しかも祝ってないしね!むしろ前日とかに更新すべき内容だよね!!
……まあ、過ぎた事を言っても仕方がないので、ただ、祝えてよかったと言っておきます。

つか、説明が多くて申し訳ありません。
冒頭に書いてあるとおりオフラインで発行した本「炎の化石」の設定になっているので、お読みでない方が「意味わかんね」ってなりそうな内容なのですが……。
捏造過多なのはいつものことなのでフィーリングで読んでいただけたらと☆
そもそもあれのシリアス版文章をさっさと仕上げてあれば『そっち読んでください』って言えたのにね……。
岩城さんときたらグズだから。
……一応ざっと最後まで書いてあるんだけど長いから手をつけあぐねているというか……。
急にエンジンがかかれば、そのうち更新されるかもしれません。

いつものことなんだけど、紅孩児×玄奘と銘打っておきながらラブとかあんまりないですね。

でも、紅孩児が玄奘に対して「恋」という感情をちゃんと自覚してしまった場合……、
もうエンディング一直線だと思うんですね!
お話、終わっちゃう。
しかも紅孩児は変な言い方ですけど片想い慣れしすぎているので(奴の人間関係は概ね一方通行)、玄奘の方から「自分もです」って言い出さなければ何もアクションをおこさなさそうな気がします。
その辺は、紅孩児は妖怪だし、人間からは想像もできないような長い年月を生きているお方なので、全然感覚違うんじゃないかなと。
彼、自己完結癖があるし。

ま、種族の違いもまた創作する上では滾るポイントですよね。
そういうところをねちねち書くのが好きだからラブとは遠くなるんだってわかっていても薄暗ほのぼの好きなんだから仕方ないじゃないか!
ついでに言えば岩城は紅孩児を書くためにSYK創作やってて、紅孩児がみんなから愛されてればそれでいいんだからこうなることは必然。
みんな紅孩児を大好きだといいよ。
岩城も愛しています!

紅孩児玄奘前提ではじめたSYK創作ではないので、自分の中でもフラグを立てている最中だったり。
むしろ書いてる人が一番二人の恋の行方がどうなるのか楽しみにしている感じではあります。
どれほど進展するかは不明ですが、二人の未来を乞うご期待!(セルフ期待)







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