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蘇芳ルートで『眠りにつく』牛魔王と紅孩児を補完捏造した話です。
『暗黒の淵の落とし子』で書いた出会い前提。薄暗注意報。



等間隔に置かれた蝋燭の頼りない灯りが二つの影を照らし出している。
影は、永遠に続くかと思われる階段を下っていく。
城の地下深くにある封印で、長き眠りにつくために。

冥界にある主要な城には強大な力を封印できる場所が必ず設けてある。
時に時世に合わぬ力を持つ者が現れた場合、冥界の生態バランスを保つために、こうした設備は必要なものであった。

二人分の足音だけが空間を満たし、他にはなにもない。




「……申し訳ありません」




後ろを歩いていた紅孩児が、沈黙を破った。
他に音があれば聞き逃していたのではないかと思うほどの、およそ普段からは想像出来ぬ様な小さな声。
黙っていればもう一度「申し訳ありません」と謝った。
一体何に謝っているのか、など、聞くまでもない。

先刻の敗北。
紅孩児の考えていることなどわかっている。
断罪を、望んでいるのだろう。

立ち止まれば、自然後ろの足音も止まった。
振り返ると、段差のせいで我の視線よりも少し上に、紅孩児の情けない顔がある。
常にない表情を見せられ、『もうよい』と笑い飛ばすのに失敗して、苛立ちがつのった。


何故、敗北を悔いる。

何故、紅孩児、お前は。

己が力を得られなかったことを嘆かないのか。



オウラボロス、その憂鬱と安息




「牛魔よ、『ヴァンパイア』を知っているか?」


「知らん。何だそれは」
「西の大陸の伝承に残る妖怪だ。人間の血を吸うらしい」
「何だ、僵尸(※キョンシー)か」
「ああ、そうだな。近いな」
「……西の大陸の僵尸が何だというのだ。大挙して冥界に攻めて来るとでも言うのか」
「いいや、先日読んでいた書物に載っていただけだ」
「………………………」
「その書物によれば『ヴァンパイア』は不死で、退治することが出来るのは『ヴァンパイア』と人間の間に産まれた子供、『ダムピール』だけだとか。『ダムピール』は『ヴァンパイア』を殺す旅に出る宿命を負わされているらしい」
「……………それで」
「思ったのだがな、牛魔よ。同じ血を引くものにしか死を与えられぬ、というのは随分と悲しい存在だとは思わないか。だが、同時にこうも考えられる。血族……つまり、『愛するもの』だけが、転生の輪から外れた存在に死を、『安息』を与えることが出来るのだと。それは、長き生を与えられた存在にとって、あるいは一つの幸福ではないか、と」
「……下らぬ。貴様は一体何が言いたいのだ。死にたくなったら自ら幕を引けばいい。与えられることを待つような怠惰は、我ら妖怪には許されておらぬ。混血の子供の話にしても、いかにも惰弱な人間の考えそうな幻想だ。僵尸と契ったと噂された人間の子供など、生まれた場所に留まれるわけがない。異端を認められぬ人間の矮小な精神が差別を正当化するために考えた作り話であろう」
「まあ、お前ならそう言うと思ったがな」


苦笑した瞳がやけに遠くを見つめていて、『貴様は違うというのか』という言葉を呑み込んだ。
その表情は、いつまでも記憶に残り、思い出すたび不快な気分になった。


……覚えてもいないほどの昔に交わした会話だ。

あれからどれほどの時が過ぎたのか。


精神にも老いというものが存在するのであれば、我は既に死人であるといえよう。
閻魔が死んでからの500年、時は確実に心を蝕んだ。

『金蝉子の転生の出現』

この報に対し、天界に意趣返しが出来る喜びも高揚も感じなかった。
むしろ『見つからなければよかった』とでもいうような鬱然とした感情が脳裡を過ぎり、驚きと共に自嘲がこみあげる。
無意識のうちに、停滞の末の緩やかな終焉を望むくらいには、牛魔王という魂は病み疲れていたのだ。


『ダムピール』の与える安息を待つ『ヴァンパイア』のように。










こうして 太鼓も音楽もない、柩車の列は

ゆるゆると わが心の中を進み、

希望は、破れて、泣き、横暴な暴君

苦悩は わがうなだれた頭蓋の上に黒い旗を立てる。

                           ボードレール










「それほどまでに死にたいのか」

それは、自分と、紅孩児と、どちらに向けた言葉であったか。

酷薄な笑みを浮かべ、ちょうど視線の先にあった首を無造作に掴み、持ち上げる。
足が宙を蹴り、蝋燭のか細い炎に照らし出された紅孩児の顔が苦しげに歪んだ。
その瞳の色は、もはや赤と表現できぬほど薄くなっている。
下級ほどの妖気も感じられぬこの体を、このまま下に叩きつければ容易に死に繋がるだろう。
殺意などいらぬ。
追い払おうとして振った手で、殺してしまえる小さな虫と同等の、儚く、この冥界において何の価値も持たぬ無力な命。

脳裡を掠めた喪失の可能性に怯み、
そんな自分に腹を立てて、八つ当たりのように紅孩児を壁にたたきつけた。

少なからず力を加減してしまった自分に内心舌打ちする。
背を打ち、狭い足場に崩れ落ちた紅孩児が激しく咳き込んだ。
これは、与えられた暴力にただ屈するしかない弱者の姿だ。


『遠ざかった安息の象徴』


ぎり、と、音のするほど奥歯を噛み締めた。
未だ立ち上がることも出来ぬその胸元を掴み、顔を引き寄せる。

「紅孩児、お前は何故、経典の力を己の物としなかった」

淡い色の瞳が驚きに見開かれ、その表情から本当に紅孩児にはそのような気はなかったのだと知る。


「妖怪ならば、力を求め、奪え。何故、そうしなかったのだ」


忠義など、冥界においては何の価値も持たぬ。
経典の力で父を…冥王を殺し、自らが頂点に立ちたいと思うのが妖怪としてあるべき姿ではないのか。


『お前が そんなありきたりの欲望を持っていれば 安息が訪れたかもしれないというのに』


腹立たしかった。
閻魔、貴様は『ヴァンパイア』の話をしたあの時、既に知っていたのだろう。
頂点…その場所の先には、何もないことを。
停滞を望む怠惰を。
その永遠の恐怖を。

……閻魔よ、貴様は得たというのか。
永劫から解き放たれる安息の瞬間を。
我が得られなかった終焉を。




長いのか短いのかわからぬ沈黙が続き、やがて、至近の双眸が閉じた。

紅孩児が、静かに口を開く。

「私の望みは、三界の覇者となった貴方に殺されること。ただその目的のため…己の欲望のために行動しただけに過ぎません」

そして再び開かれた瞳は、微かに力を帯びて、我を射抜いた。


「父上、…貴方が力を得る。
 ……それだけが、俺の望みだった」


わかりきった答えだっただろう。
紅孩児は変わらない。
初めて出会った、あの雨の日から。
この男ははじめから終焉という名の安息を知っていたのだ。
賢い男だ。
頂点のその先には何もないことを知っているから、それを望まないのか。

否、そうではない。

閻魔の瞳に見えた諦観を紅孩児から感じたことはない。

それは、


「父上」


瞳が、揺れる。
ずっと、変わらない。
絶望も、
憎悪も、
映さない、
唯一つだけを求める、
貪欲でありながら不純物を感じぬ無色の魂。




「再び貴方と共に在ることを、どうかお許しください」




謝罪は、敗北の懺悔ではなかった。




眠りのその先を。
一体どれほどの遠い未来かもわからぬ、次の機会を。
未だ諦めぬというのか。
断罪よりも未来を望むのか。


『それは我が望みでもある』


自然に思い浮かべた言葉を。

…振り切るように、掴んでいた手を離し、立ち上がる。

背を向ければ、紅孩児が慌てて後に続こうとして、未だ体に残るダメージに小さく呻いた。
手を差し伸べたりはしない。
ただ、立ち上がるまで待ち、再び底の見えぬ階段を下り始める。

足音が自分一人のものだけではないことを、何故か強く意識していた。

「……次に目覚めるのはいつになるかわからぬ」
「……はい」

返ってくる、声も。

「たとえ蘇芳の理想とする冥界に一時はなろうとも、あれは人間だ。蘇芳亡き後いつまでそれが保つかもわからぬ。あるいは我らの存在など忘れ去られた遥か未来に望まれぬ覚醒もありえよう。そのような時、王が一人では格好がつくまい」
「……父上」
「お前が望むようにすればよい。……それが、我ら妖怪であろう」


お前が己の目的のために我の生を望むというのなら、
我も己の目的のためにお前を生かし続けよう。

どちらかが欠けるその時まで、
オウラボロスは自らの尾を食み続ける。


紅孩児が背後で、「ありがとうございます」と安堵の笑みをこぼした(…気配を感じた)。

ただひたすらに自分だけを求める存在が与える永遠。
それが幸福という名の安息であるなどと。

本当に下らぬ。戯れ言だ。

早く、地下にたどり着き、
早く、この意識を閉ざしてしまおう。


『お前を失わずにすんでよかった』


つまらぬ、らしくない妄言を、音にしてしまうその前に。










オウラボロス Ouraboros
自分の尾をかむ蛇。時の流れ、時間の破壊的な性質、そして永遠の表象。または再生、転生のシンボル。
フレッド・ゲティングス『悪魔の事典』(大瀧啓裕訳)より

『ヴァンパイア』については、民間伝承であり、退治方法には諸説あります。
この話の中では『閻魔王がたまたま読んだ書物にはそう書いてあった』という認識で書いています。
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