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遅ればせながら父の日ネタ。
紅孩児がまだまだ小さい頃のお話。
いつもの薄暗ほのぼの冥界ファミリーです。















ペシミストは深淵に問う


その時、牛魔王は奇妙な違和感を感じた。


いつもと同じように起床し、朝食を摂り、玉座に着く。
別段変わったところはないように思えるが、何かが足りない。
文官をさせている上級妖怪がいつものように恐々と「おはようございます」と挨拶をしたのを聞いて、ようやくその違和感の正体に気付いた。


牛魔王が鍛えすぎたせいで頭のネジが飛んでしまったのではないかと思えるほど脳天気な、紅孩児の「おはようございます父上!」を今日はまだ聞いていない。


別段用もないのに挨拶に上がらせるような習慣は持ち合わせていない親子である。
何日も姿を見せなかろうと、牛魔王の方に用がなければそれで構わないはずなのだが、紅孩児が朝の挨拶に姿を見せぬことなど昨今なかったことなので少々気にかかった。


「紅孩児はどうしている」

漆黒の王の出し抜けな下問に、東地区で行った治水工事についての報告を読み上げていた文官は、ぽかんと顔を上げた。
「……………は?ええと、あの」
「もうよい。下がれ」
「あ……ですが、報告が」
「……聞こえなかったのか?」
「も、もも申し訳ありません!!失礼します!!」
転げるように謁見の間を出ていく文官の姿を冷ややかに見送って、一人になった牛魔王は考えた。

……紅孩児が姿を見せない理由を。

「………………………………」


しかし何一つ思い浮かばなかった。


そもそも紅孩児の行動原理は、牛魔王からすると謎の一言に尽きる。
言動の一つ一つが理解の範疇を越えているのだ。

仕方がない。

一つ、ため息をついて、煩わしげに立ち上がる。
紅孩児の気配は城内にあるようだ。
牛魔王はその方角   つまり息子の自室に向かって歩きだした。










「紅孩児」

扉を開けると、そこには紅孩児はいない。
返事のかわりに寝室に続くドアの向こうで何かが倒れるような音が響いた。
無論、この親子にプライバシーなどと言う概念はない。
何の遠慮もなく、何かが飛散するような音や何かにぶつかるような音のする方へと歩いていくと、奥に続く扉に手をかける直前で紅孩児が慌てて姿を現した。

「な、何かご用でしょうか、父上」
「………………何をしていた」
問えば、紅孩児は酷く慌てた。
「えっ!?あの…………と、特にこれと言って何も」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「……ち、父上……?」

牛魔王はくるりと踵を返した。
紅孩児の様子がおかしい場合、原因は決まっている。

「ち、父上!?お待ち下さい、父上ー!!」

制止の声など当然聞く耳持たず、その漆黒のマントが翻ると、牛魔王は影も形もなかった。











「地上界では今日は『父の日』という記念日らしいぞ牛魔よ」

息子をたぶらかす憎々しい悪鬼、諸悪の根元の居城にカチ込み、「お取り次ぎするまでお待ち下さい」などとまとわりついてくる妖怪達を一蹴して、「息子の様子がおかしいのは貴様の仕業かー!」と執務室に続く扉を蹴破れば、元凶(決めつけ)である冥界を統べし閻魔王はニヤリと笑い、『父の日』とかいう人間の慣習について語り始めたのだった。

「健気ではないか、なあ牛魔よ。紅孩児の父を想う気持ちを汲んでやれ」
いいことを言っているようでも、明らかに面白がっているような口調では何の説得力もない。
牛魔王はその顔に拳を叩き込みそうな殺意のオーラを隠そうともせず、全てを「惰弱な」と切り捨てた。

「下らん。我ら妖怪には不要の慣習だ」
「お前に不要でも、紅孩児には必要かもしれぬとは考えられぬのか?」
「……………………」

お前に紅孩児の何がわかる、と言いかけて、やめた。
閻魔王は何故か牛魔王にはわからない紅孩児の心理に詳しい。
精神年齢が近いのだろうとも思うが、宿敵と息子の程度が同じというのはそれはそれで納得がいかないものがある。
仏頂面をして考え込んでしまった隻眼の冥王を見て、閻魔は深い赤の双眸を細めた。


「牛魔、他者に何かをしてやりたいという気持ちは、いわば究極の自己満足だ。相手のことを考え、贈る物や言葉や行為を考える。その時間こそが大切なものだろう。つまりは自分のためのものなのだ。そう思うと、非常に妖怪的な行事に思えてこないか?」


「詭弁だな」

諭すような言葉は、またしても一言で切り捨てられる。
やはり、牛魔王には理解できない。
少しは聞く価値があるのではないかと思ったことを後悔したが、しかし閻魔王に向けられていた怒気は収まっている。
乱暴すぎる謁見は、始まりと同じように唐突に終わりを告げ、牛魔王は踵を返す。
向けられた頑なな背に、「別れの挨拶くらいしたらどうだ」という言葉がかかったが、漆黒の王が振り返ることはなかった。










あの男と実りのない会話をしているよりは、直接紅孩児の性根を叩き直した方が有意義だと思い城に戻ってみたものの、紅孩児は自室にいなかった。
冥界にいるのであれば、紅孩児の気配を辿るところはたやすい。
城より随分と離れたところにその気配を見つけると、牛魔王の姿はまたしても城から掻き消えた。










冥界という地を上空から見下ろすと、暗く赤い不毛の荒野の中心に、唐突に都市がぽつんと栄えているのがわかるだろう。
この世界に肥沃な土地はほんのわずかしかなく、それ以外は岩ばかりの枯れた大地だ。
力と知性の高いものが、現在『冥界』と呼ばれる都市を建設するまで、妖怪達は皆ここで暮らしていた。
ただ純粋に力と力がぶつかり合っていた原初の時代。
その頃、妖怪は今のような姿ではなく、力を具現化したような様々な異形の体をしていた。
中央で暮らす妖怪達は、原始的な姿を捨て、今の『人』のような姿に『進化』したのだという。
だが、それは本当に進化だったのかと、牛魔王は疑問に思っている。
過去の妖怪こそが、真に妖怪としてあるべき姿だったのではないか。


ともあれ、紅孩児はどうやらその場所が好きだと見える。
特に報告を受けたわけではないが、不毛の荒野で知性の低い異形相手に腕試しをしているのを牛魔王は知っていた。
まるで人間のように記念日だの催しだのを企画したがるのに、冥界の本質ともいえる原始的な場所を好むのが不思議ではあるが、不自然さは感じない。
きっと、紅孩児の中でそれらが相反するものではないからだろう。

空間が歪み、目的地   すなわち紅孩児の現在地に牛魔王の姿が現れる。
紅孩児は、戦ってはいなかった。
ただ、大地の流す血のようにも見える細く赤い川のほとりに、無気力に足を投げ出して座っていた。


ふと、その姿に既視感を覚える。
初めて出会ったあの暗い森でも、紅孩児は雨の中にこうして座り込んでいた。
父王の唐突な気配を感じ取り、慌てて立ち上がる様もかつてとあまりかわっておらず、牛魔王はその口元にかすかに笑みを浮かべかけたが、それが形になることはなかった。
何しろ、牛魔王は下らない催しをやめさせるためにここまで来たのだから。


「ち、父上、あの、先程は」
「紅孩児」
低く静かな、だが「黙れ」という声音に、紅孩児が身を竦めた。
「また閻魔に下らんことを吹き込まれたようだが、我ら妖怪には不要の慣習だ。柔弱な人間の記念日の企画など中止しろ」
「あ………………も、申し訳ありません」
にべもない言葉に青ざめた紅孩児が俯く。
その瞳に恐怖よりも落胆の色を見て、何故か牛魔王の胸がざわついた。


『お前に不要でも、紅孩児には必要かもしれぬとは考えられぬのか?』


不意に先刻の閻魔王の言葉が脳裏をよぎる。

……腹立たしい。
だったらどうしたというのだ。
紅孩児にとって必要であろうとも、牛魔王に不必要であるのならそれはやはり不要のものだ。
それにより紅孩児が何を思おうとも。
……牛魔王には何一つ関係ない、はずだった。


隻眼を眇め、紅孩児を見下ろす。
ただのご機嫌とりであれば、これほど対処に困らないものを。
紅孩児は父の機嫌を損ねたことを恐れているのではなく、『父の日』を祝えないことを心底残念に思っているようだ。


漆黒の王は、……しかし息子にかける優しい言葉を持たなかった。


「…………戻るぞ」
「はい」

小さな頷きに、未だ牛魔王の肩にも届かぬ幼さの残る体躯を、音を立てて翻る闇が包む。

一瞬後には見慣れた城内だ。

王が玉座につくのを見届けると、「それでは失礼します」と紅孩児は下がろうとする。




「紅孩児」




「はい」




呼べば、振り返る。
落胆の色がのっていてもまっすぐ向けられる視線は心地よい。

「先程は部屋で何をしていた」
「……手紙を、書いていました」
「ふむ」
「統計では『父の日にもらって嬉しいもの』ランキング1位が『手紙』ということだったので、私も改めて日頃の感謝の気持ちや、父上がいかに強く、素晴らしいかをしたためようとしたのですが……」
そこで紅孩児は悔しげに顔を歪めた。
牛魔王は視線で続きを促す。
「語彙が足りず、どうしてもそれを表現することができませんでした」


苦々しく吐き出された言葉。
牛魔王には、やはり紅孩児がなぜそんなことをしたがるのかが理解できなかった。
紅孩児は牛魔王を喜ばせようと思ったわけではないだろう。
父への好意を形にしたかった、という非常に単純な行動原理。
牛魔王にはそれがわからない。
生まれてこの方他者に対し、殺意以外の感情を抱いたことがない。(…と、自分では思っている)

紅孩児を拾ったこととて唾棄すべき『善意』などというものではない。
ただ少しだけ面白そうだと思ったからだ。


……しかし、最近こんな調子の紅孩児を見ていてふと考えることがある。


自分は何故、紅孩児を『部下』ではなく『息子』としたのか。
そもそも牛魔王が紅孩児を養子にしなければ、今このような状況も訪れておらず、紅孩児とて閻魔王に何を吹き込まれようとも『父の日』などというものを敢行しようなどと思わなかったはずだ。
親子になるまでの過程はあまりにも自然で、過去の自分に何故と問うても返事はない。

「自分で蒔いた種、か……」

「…父上?」
思わず漏れた自嘲に、紅孩児が首を傾げた。
「それで、思うような文言が繰れぬから逃げ出してきたのか?」
「っあ、…………………も、申し訳」
図星だったらしく、焦った紅孩児が謝罪の言葉を口にする前に。

「書き上げて提出しろ」

「え?」
「自分でやり始めたことを途中で放り出すような真似をすることは許さん。『父の日』などという慣例には何の興味もないが、お前が我の息子でありたいと願うのならば、それにふさわしくあるよう精進せよ。父として、それを監督するくらいはしてやろう」
「父上………!」


途端、紅孩児の表情がぱあっと晴れる。
現金な奴だ、と、牛魔王は胸の裡だけで微笑った。


「それから、明日より我が目覚めたら必ず挨拶に上がれ。……よいな」

「はい………!!」


お前の能天気な声を聞かぬと目が覚めない、などとは口にしないが。
言葉が足りないなりにも好意は伝わったらしく、紅孩児はとても嬉しそうに笑っていた。












翌日、紅孩児が「できました!」と持ってきた手紙……否、台車の上に天井近くまで高く聳える紙の塔は、まず牛魔王を讃えるところから始まっていた。
紅孩児を退出させてひとまず目を通し始めた牛魔王だったが、10枚ほど自分への賞賛(当然この時点ではまだ本題には入っていない)を読んだところでその紙を置き、下級妖怪を呼びつけると、この台車を例の部屋へ入れておくように、と申しつけた。

……例の部屋……それは、紅孩児が善意で、閻魔王が嫌がらせで、牛魔王に押しつけてくる様々な物品をしまっておく場所……そう、風雲牛魔王城の開かずの間。


所謂一つの 物 置 であった。


申しつけられた妖怪は、重すぎる台車を押しながら、「あそこに置いてある巨大なタヌキの置物(閻魔王・贈)とゴールデン・牛魔王像(紅孩児・贈)が不気味で怖いからあんまり行きたくねえんだよな、あの部屋……」と呟いた。








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