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「……さて、どうしましょう……」

地図によればそれほど深くもない森で。
別に、そのことに油断をしていたとか、そういうこともないはずなのだけど。


「みんな……心配、していますよね……」


私は、迷子になっているのだった。




君と不器用な雨宿り


それは、本当にちょっとしたことだった。

道中、悟空がMM5(マジで召される5秒前)になってしまったので休憩しよう、ということになり。
玉龍が辺りを見回りに行った直後、いつものように悟浄と八戒が些細なことで死闘を始めて。
寝かせておいた悟空がうわごとのように「み、水……」と言っていたから水を与えようとしたら水筒の余裕があまりないことに気付いて。
千日戦争の構えになってしまった悟浄と八戒は……話しかけられる状態ではなかったので、ある分だけ悟空に与えて、水場がないかと探しに出ることにした。


……私だって、自分の立場をよく理解している。
だから、本当に彼らの目の届く範囲で、水場がないかどうか確認する……程度ですませるつもりだった。




……それが。




「段差に気付かず足を滑らせて落ちてしまうとは……不覚です……」


草があって見えなかったのだ。
あっ、と思った瞬間にはもう、落下。そして衝撃。
……手の甲を擦った程度で怪我がなかったのは不幸中の幸いか。
立ち上がって泥と草を払っても、他に痛むようなところはない。

さて、どうやって戻ろう。
落ちた地点を見上げれば、飛びあがれば手が届く程度の高低差ではあるものの、足をかける場所もないので上ることもできない。

でもまあ、少し迂回すればきっと元の場所に戻れるはずです。

……と、うっかり歩きだしてしまったのがまたまずかった。
私は……大方の予想通り、迷子になってしまったのだ。




「どうして、私はこう……」
人助けどころか自らのことすらおぼつかないことに、少し滅入る。
そして追いうちのようにポツリ、ポツリと雨までもが降り出した。
私は雨避けになりそうな大きな木を探し、そこでひとまず雨宿りがてら休憩をすることにした。
ちょうど座りやすそうな木の根に腰かけて、ため息をつく。

みんなからそう遠くない場所にいたのだから、そこで誰かが見つけてくれるのを待てばよかったのだ。
きっと、みんなは雨など構わず(いや、むしろ雨だからこそ余計に必死に)私を探してくれているだろう。
……自己嫌悪に陥るのを止めることなどできなかった。
「……何を、やっているのでしょうか私は……」




「ふむ、俺様もそれを聞こうと思っていたところだが、貴様にもわからないのか?」




唇を噛んで思わず呟いた独り言に、何故か、返事があった。
……この間合いにとても激しい既視感を感じる。
仲間の声ではない、これは……。




「…………こ、紅孩児!?」




「そうだが、なんだ?」
雨の降りしきる森の中、濡れることもなく、その男は立っていた。

全身に警戒が走る。
用心深く立ち上がりながら「また、私に用なのですか?天竺の扉はまだ開いていませんよ」と睨みつけた。
私の視線を受けても紅孩児は当然怯むでもない。
纏う気配は好意的なわけではない。
…だが、私を攫おうだとか、そういう気配も感じなかった。

静かに、こちらに向かって歩いてくる。
まるで、雨を踏みしめるかのように、ゆっくりと。
足音が、雨音のようだと思った。

そして、木の下で紅孩児の出方を警戒して待つ私の隣に並ぶ。
紅孩児のアクションは……それだけだった。

「……………あの」

沈黙に耐えかねて声をかけ、見上げる。
「何だ」と静かな赤色が私を見下ろした。
「ええと………………………まさか、とは思いますが、紅孩児、あなたも雨宿りですか?」

自分で言ったことに、そんなわけあるか、と突っ込みたくなった。
雨宿りも何も、彼はここまで濡れずに歩いてきたのだ。
きっと妖怪の特殊能力なのだろう。
木の下で雨が止むのを待つ必要などあるはずもない。

しかし彼は、私の失言を嗤うでもなく、空を見上げたまま呟いた。


「耳障りな音だ」


「え……雨の音が、ですか?」
「………………………」
肯定の、沈黙なのだろうか。
視線を紅孩児から雨に戻した。
静かに降る雨。
雨は、嫌いじゃない。

「私は……雨の音は素敵だと思いますが」

今度は紅孩児がこちらを見た。
だから、私ももう一度彼を見上げた。
その表情からは何の感情も読み取ることはできない。
「冥界には雨は滅多に降らん。そして雨は凶兆とされている」
「悪いことが、起こるのですか?」
「……実際に起こるのかどうかは知らんが」
所謂迷信だ。
肩をすくめた紅孩児に、私は「そうですよね」と頷いた。
「雨が降っていなくても悪いことは起こるし、雨が降っていてもいいことは起こりますよね」




「……………………俺が」




ポツリ。




大樹が受け止めきれなかった雫が、至近に落ちた。
雨のような静かな呟きと共に。


「俺が父上に初めてお会いしたのも、雨の日だった」


「それは……………」

むしろ、良いことではないのですか?

……と。
言おうとした言葉を飲み込んだ。
私に、紅孩児にとっての牛魔王との出会いが、いいことかどうかなどわかるはずもない。

それきり時が止まってしまったかのような沈黙が流れた。
彼が耳障りだといった雨の音だけが空間を支配する。

雨を通して何か違うものを見ているような紅孩児の横顔が遠く感じることを。
……どうして寂しいなどと思ってしまうのか。
自分の心が全く分からなかった。


ふと、無心に雨を見つめていた紅孩児が、こちらを見下ろした。


「……ところで、貴様は何故供も連れずにこんなところで雨宿りをしているのだ?」

ズルッ。

「い、今更ですか……!?」
歩いてもいなかったのに滑りそうになってしまった。
相変わらず何を考えているのかさっぱり分からない妖怪だ。
こんなことを聞くということは、彼と私は、本当に偶然ここで会ったのだろうか。
これだけ話していて従者たちが現れないのだ。
別行動をとっている(…になってしまっている)ということなど、既に見破られているだろう。
それならばいっそ、と、私は素直にここに至った経緯をかいつまんで説明した。

「馬鹿か、貴様は」

第一声が、これだった。
素直に話したことを後悔しても後の祭りだ。
自覚して落ち込んでいただけにより一層腹が立って、ついむっと唇を尖らせてしまう。

「……自分でもわかっています」
「貴様のような主では、部下達の苦労が思いやられるな」
誰に言われても、部下に苦労を強いていることでは他の追随を許さないであろう紅孩児にだけは言われたくなかった。

「あなたよりは空気を読んでいるつもりで……ちょっ、や……、っな、何をするんですか!」

言葉の途中で突然、左腕を掴まれて思わず声を上げた。


「診せてみろ」


「え……………?」
紅孩児の視線の先には、私の手。
先ほど、落ちた時にできた擦り傷だ。
一体何をするつもりなのかと身構えると、彼は懐から白い布をとりだした。

「人間は脆弱だ。すぐに死に至る。貴様は少しは三蔵法師としての自覚を持ち、己の身を大切にしろ」

「紅………」
それを傷口に巻きつけ、きゅっと結ぶ。
「上に立つ者ならば当然の心得だ」
「……………………はい」

別に、私は彼らの上に立っているわけじゃないとか、普段ならそう言い返したはずだが、手当てをする紅孩児の瞳は思い外真剣で、私は意外な思いでその顔を見つめながら素直に頷いた。

「俺様は人間の医療知識などないからな。後で従者に適切な処置をしてもらえ。戦場で倒れるのならばともかく、三蔵法師が傷の化膿で死に至ったなどと、我らの計画に下らん水を差すような真似は許さんぞ」
紅孩児らしい言葉に、思わず笑ってしまった。
「別に、冥界の目的のためにためにではありませんが……その、ありがとうございます」
「ふん、この俺様が手当てをしてやったんだ。光栄に思え」
「ふふ……あなたはいつもその調子ですね」


p-kougaiji-genjyo3.jpg
イラスト:月埜翔様


いつもならその尊大な態度に、脱力したり疲労したり辟易したりするのに。
左手に巻かれた布は少し不格好で。
……なんだか、ちょっとだけ可笑しかった。

嬉しい、なんて思ってしまう、自分のことが。




それからすぐに。
「ようやく、貴様の従者たちが近くまで来たようだな」
「え?本当ですか?」
ふと顔を上げた紅孩児の言葉に耳を澄ました。
言われてみれば、遠くの方で私を呼ぶ声が聞こえる気がする。
そのことに、内心安堵すると、隣にいた紅孩児が雨の中一歩を踏み出した。

「……これに懲りたら、一人でうろつくことはやめるんだな。別に、貴様を脅かすものは妖怪だけではない。むしろ三蔵法師の価値のわからぬ人間の方が脅威となる時もあろう」
「ではな」と、来た時と同じく唐突に、立ち去る。
……行ってしまう。


「あ、あの!」


そのまま見送っても良かったはずなのに、私は、何故か彼をひきとめていた。
紅孩児が、足を止めて半身振り返る。
まだ、雨は止んでいないけれど、その身体はもちろん雨に濡れていない。
私は、刹那悩み、選んで、その言葉を口にした。


「……ありがとうございました」


「礼なら、先ほど聞いたが」
「いえ、…ええと…………一緒にいてくれて、ありがとうございました」

もしかして。
心配で、みんなが私を見つけるまで側にいてくれたのだろうか。
…………そんなこと、あるはずもない。
あったところで、そのことに関して私が何かを思っていいわけでもない。
どちらかが考えを変えぬ限り、私たちの道が交わることはないのだから。

だけど。
彼が、来てくれて、居てくれて、手当てをしてくれて、
……私の心が救われたのは確かだった。
だから。
それだけはどうしても伝えておきたかった。


私の言葉に紅孩児は軽く目を見開いた後、


「……………そうか」


柔らかい声、柔らかい表情で、


……微笑った。


初めて見るその表情に言葉をなくし、思わず硬直した私の目の前で、紅孩児は掻き消える。
そして、みんなが見つけるまで、私はそこにただぼうっと佇んでいた。




どうやら。
みんなはずっとこのあたりを探していたらしい。
玉龍が私の気配を探して、場所の目星は付いていたんだけど、見つからなかったとそう言った。
つまり、見つからないように相当強力な結界が張ってあったのか。
お礼をいう必要なんてなかったと、怒るところだったのかもしれない。
なのに私は何故か、紅孩児のことをみんなに話さなかった。

去り際の笑顔を思い出して、
どうして結界を張ってまで、あそこで私と話をしたかったのか、その理由を。
機会があれば聞いてみたい、なんて。

手当てしてもらった左手を見下ろしながら、ずっとそんなことを考えていた。














◆あとがき◆
拙いながら……頂いたイラストに文章をつけさせていただきました……!!
でもこれ絵ほどにはフラグ立ってないような気が……!!
何を書かせても「それでラブはどこに?」という岩城で本当に申し訳ない……。
でも、ほら、あれだ!絵がメインだから!!(丸投げだッ)

いやはや、とりあえずこれだけズバッと書いてしまうくらいに滾ったわけで。
ありがとうマイフレンド!
初めての二人の共同作業……上手くいってるといいんだけど!!

一応、「玄奘様のフラグを立てよう!」ということなので、
……紅孩児の方のフラグは……あんまり目には見えませんけれども。
こっちは手当とかし始める時点でフラグだよね!?

迷子といえば真君、雨といえば閻魔王だと思いますが。
そこは演出用のシチュエーションなのでお許しを!
閻魔金蝉とそして天界組の雨も美味しくて好きですが、
やはり紅孩児大好きっ子の自分は、
雨が降れば紅孩児と父上二人のデスティニーな出会いを回想するわけで。
その大切な思い出を玄奘にチラ見せするあたりもフラグだと思っていただけたら幸いです。

……しかし文章にすると何故若干薄暗くなってしまうのか自分のSYK創作……。
もう少しほのぼのっぽくしたかったのですが。
梅雨らしい湿気た調子に……。
なんかラブっぽさをあんまり演出できなかったことが心残りだ……!!
 
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